枯れない涙を

*朝←夜



悲しみに嘆く紫陽花(はな)から零れる雫が、とても綺麗だと思った。

ここは朝と夜の狭間。終わりを迎えた生と始まりを迎える生が集う場所。決して明るいとは言えないこの空間で目覚めたとき、その泣き声は響いていた。

「悲しいの?」

「…ええ…悲し、わ…」

泣き声の主に問いかけると、嗚咽混じりに鈴の音のような愛らしい声が返事をした。その声の方へ視線を向けると、私と同じ金色の髪を持った少女が顔を覆って泣いているのが見えた。何が悲しいの、とは聞かない。私が死を司る人形として目覚めた瞬間から知っていたこ と。棺に共に横たわった彼はまだ、居ない。

「…オルタンス…ムシューは月の揺り篭の中で眠っているわ」

静かに言ってゆっくりと彼女へ歩み寄る。確かに私は今目覚めたのだけど、遠い昔から彼女―――オルタンシアをしっている。私たちは共に生まれ対になりこの場所に在るから。

「暫く目覚めないけれど、私が傍にいるから…」

「ヴィオレット…」

優しく頭を撫でると小さな唇が私の名前を紡いだ。そして顔を上げた彼女の頬に涙が伝う。まるで朝露に光る紫陽花のように儚くて可憐でとても綺麗だった。

「独りきりで泣かないで。私が貴女の支えになるから、ムシュー が目覚めるのを待ちましょう?」

「…ヴィオ…、ヴィオレット……!」

泣き崩れる彼女を受け止めながら、美しいその姿に私は惹かれた。この雫に触れたら貴女の色に染まれるかしら。その唇に触れたら貴女のものになれるかしら。

願わくば、主人が永久に月に抱かれることを。紫陽花の朝露が枯れないことを。ふたりだけの時間を。夜の闇が全てを蝕んでゆくことを。

そう願いながら、私はオルタンスを強く抱き締めた。



枯れない涙を



(紫陽花の朝露に濡れ菫は喜びに揺れるでしょう)



fin





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